| 今朝とれ真鯛 | |
| 2009.11.24.Tue / 04:14 | |
一つ山向こうまで白くなった初冬の一日、まるで小春日和であった。長袖の下着にポロシャツ、その上にウィンドブレーカーと、さして厚着でもないのに、日課の7kmウォーキングは凄く汗ばんでしまっ た。所要時間75分は標準。勿論、ノンストップである。とは言ってみるものの、かなりしんどかった。帰宅してシャワーを浴びると、ほぼ11時。カミさんが買い物から帰って来た。今日は真鯛がたくさん上がったらしいわよ、という。例によって、ショッピングの板さんに三枚に下ろして皮までも剥いで貰って来た、と見せる。 甚だ下世話で恐縮であるが、体長20cm近いから、老夫婦には一食は片身で充分。あとの片身は チルド室入りとなる。明日の夕食分だ。(笑)1000円足らずで、腐ってもといわれる真鯛のお刺身を二日にわたって賞味できるのだから、これほど経済的な話はないというものだ。頭と中骨は、お汁(つゆ)にする。以前にも同じようなことを書いたが、近年の「育てる漁業」の成果なのであろう。もともと魚津は地引網で鯛を獲っていたものであるが、放流した膨大な数の稚魚が成長して、定置網にかかるものと思われる。ま、地産地消に近い形態だと考えられる。海の近くに住んでいる果報に感謝すべきなのかもしれない。《右上の画像は10日前のもの》 |
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| わたしの「窓外」 | |
| 2009.11.18.Wed / 17:44 | |
時雨(しぐ)れる日が多くなった。そうでなくてもどんより、薄暗い日が続いている。幸い大相撲が始まったので、日課を終えて午睡をむさぼった後は、もっぱらテレビ桟敷に陣取って、この「国技」なるものを、「野球」ほど衷心にアピールしないながらも、眺めている。 それにしても「古式豊かな伝統を引き継いでいるスポーツ」などと、あまり押しつけがましい注釈は、聞き流すことにしている。「横綱相撲」といわれる白鵬の攻めのスタイルは、やはりそれなりに理に適っているのであろうが、わたしはどちらかというと朝青龍の方が好きだ。天衣無縫に近いそれがいい。つまり、わたしは無頼派なのである。(笑) 閑話休題。テレビ桟敷は2階の寝室。ぼんやりと目を窓外にやることが多い。家を建てるとき、職場の先輩が、2階の窓は絶対に長戸にすべきだ、とのアドバイスに従ったのが正解だった。ベッドに横臥しながら、飽きもせず裏山の景色を眺めている。景色は日ごとに色調を変えていく。隣家の柿の木は、実が鈴生りだ。木枯らしが枯葉を巻いて過ぎ、一番奥、山裾を通るスーパー農道を走る車の列が、大分よく見えるようになって来た。夜などはラ イトの明かりの見え隠れがリズミカルで楽しい。夜といえば、晴れていると、長戸の上半分は南の星空が堪能できる。こないだも目が冴えて眠れなかったとき、オリオン座流星群を観察した。窓枠の縦の線に沿って走った太い線の光芒を見ることができた。ただし、それ1個だった。(笑)わたしだけの「窓外」なのである。椿が雨に濡れながら咲いている。 |
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| 立冬を過ぎて | |
| 2009.11.13.Fri / 06:33 | |
![]() 一昨日(水)、当地方にとっては、木枯らし1号かと思われるような強い風が吹いた。ほとんど1日中、秋雨を降り続けさせた雲が東に抜けて、朝から明るい陽射しがふりそそいだ昨日、明らかに季節の移ろいを感じた。日課をこなそうと海岸通りに出たら、強い北からの向かい風。ゴアテックスのウィンドブレーカーの上 ![]() からもしみ込んで来る。「天気晴朗なれども波高し」状態であった。漫然と生地鼻灯台付近を、ズームして撮った写真(右上)、よく見ると海岸線が伸び上っている。紛れもなく小規模な蜃気楼。埋没林センターからのメールも入ってこなかったからランクFか。(笑)ま、怪我の功名といったところだろう。前傾姿勢で歩かざるを得なかった経田の折り返し点までの40分は、やはりハードであった。後の3 ![]() kmは、風に押されてときには体が浮く感じさえした。7km弱のこのコース、結局は、標準タイムより5分遅れの80分。体育館前の海に向かう緩い下り坂、好きな風景である。帰宅途中、枝下ろしを免れた屋敷内の楓の紅葉に目を奪われた。車を止めてシャッターを切る。 |
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| 「(爆)」について | |
| 2009.11.07.Sat / 23:40 | |
| よく「(笑)」という表記を用います。文末の読点の後に付けるのが普通ですが、わたしは、ときどき、文節の後にも付けたりします。(笑)これは、その直前の記述を、(自分で)笑いながら書いている、乃至は、可笑しいでしょうという同意を求めている、表現だと思っているのですが、習い性となって、つい手紙文にも書いてしまうことがあります。人によっては「w」を用いたりしていますね。 これは、文字データのみをやりとりしていた『パソコン通信』時代に発明された(笑)ものなのでしょう が、なかなか上手い表記方法だと思います。同類に「(爆)」というのがあります。わたしも、しばしば用いて来ました。これは「(爆笑)」と分かりやすく書く人もいますが、「腹を抱えて笑いながら書いている…」という意味で用いられています。つい最近、どこかのブログに寄らして貰ったとき、この表記すなわち「(爆)」は変ではないかというのです。言われて、考えてみました。つまり、「私が笑う」はいいですが「私が爆笑する」は文にはならないのです。大勢の人がどっと笑うことを「爆笑」というからです。 その点、「w」はいいですね。こんな場合、「wwwww…」と書けばいいわけです。それで、わたしは今後「(爆)」を使わないことに決めました。(笑)《画像はネットより借用しました》 |
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| 紅葉と冬景色と戸隠そばと(笑) | |
| 2009.11.04.Wed / 22:18 | |
11月3日、文化の日。いつものグループ4人で、戸隠へ新そばを食べに行くことを企てていた。列島 沿いに延びた寒冷前線が2日夜に太平洋に抜けるので、大陸から寒気が南下し全国的に荒れ模様、との予報を警戒しながらも、朝6時に魚津を出発。大体、この日は、年寄りには、「明治節」と言われていた頃から、「晴れの特異日」であるという先入観があった。(笑)黒い雲に覆われていたものの、東の空に青空さえ覗いていたので好転を期待した。 ところが、北陸道は糸魚川トンネルを出たあたりから、ポツポツ降っていた雨が、フロントガラスを、乾いた個体音を立てて打ち始めた。霰(あられ)だ。ま、想定内、よしんば積もったとしても疾走する車のタイヤ熱で、容易に轍(わだち)ができるであろうと高をくくっていた。能生を過ぎた頃から激しくなり路面は、シャーベット状になって 来た。やばいと思い、名立・谷浜SAに入って、寒気をやり過ごそうと(笑)、長めの休憩をとることにする。浅はかであった。リスタートして、次のトンネルを出たら、路面は白くなっていた。そういえば、中郷から信濃町IC間は、チェーン携行の電光掲示が出てたっけ。こちとらは、ディーラーの点検で、6分山だ と警告されたばかりの普通タイヤ。心細い。クルーの命を預かっているという責任感も重くのしかかって来る。上越ジャンクションの急カーブをそろりそろりと通り抜け、20分ほど走って、もう一度新井SAで休憩。完全に冬景色であった。少し陽が射し始め、頂上がガスっている妙高山が見えて来た。ホッと胸をなでおろす。どうやら、天 候は回復してきたようだ。黒い舗装面から湯気が立ち始めている。信濃町ICで上信越道を降り、国道36号を走る。この日、長野県平野部は、例年より早い初雪だったようだ。にもかかわらず、間道さえも除雪してあったのには感激。祝日ではあったが、慎重なマイカー客は、ゆっくりと戸隠を目指していたのであろう。枯れ木に雪が積もった出来たトンネルを通り抜ける のも、遠来のわたしたちだけのようであった。ラッキー!戸隠中社に着いたのは10時を少し回ったころだった。新そばの味は後からゆっくり賞味することにし、大きく書かれた「鏡湖」という表示にひかれて車を駆った。脇道を走ること10分。目前に、はっとするような光景が現れた。戸隠連山を湖面に写す、まさに 鏡のような池であった。冷気が満ちていて、慌ててウィンドブレーカーを着こんでシャッターを押し続けた。たくさんあるそば屋さんに目移りがして、行きつ戻りつしながら、漸く1軒の入り口の戸を開けたのは、ちょうど正午頃であったと思う。わたしは、「ぼっち盛り」という戸隠特有の盛り付けをしたざるそば の大盛りを食した。喉元を過ぎるそばには、やはり旬の味と香りがあった。帰りは、カーナビに従って長野市内の晩秋の風景を愛でながら、長野ICから上信越道に入る。上越まで81kmの標識があった。途中、小布施SAで休憩。やや傾いた日差しの中で、鮮やかな紅葉と、 新雪を被りガスに霞んだ信州の山々のコントラストが、目にしみるような印象的風景であった。北陸道に入ってからは、落日にはまだ早い逆光の中を、26個もある長短取り交ぜたトンネルを潜(くぐ)っては走り、走っては潜りながら(笑)、のんびりとドライブを楽しんだ。魚津に着いたのは午後4時半過ぎであった。
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| 塩の道、千国街道を行く | |
| 2009.10.31.Sat / 17:02 | |
ちょうど1週間前の24日(土)、日本海沿岸の糸魚川から内陸の城下町松本までの約30里(120km)を結ぶ、俗に「千国(ちくに)街道」と呼ばれるルートの一部、千国峠越えの「古道」を散策した。 きっかけは、地元紙に挟まれたパンフであった。カミさんが目ざとく見つけ、行きたいと言い出したのである。小谷(おたり)村の観光連盟なるところが、車で小一時間もあれば来れるという便利さに目をつけ、隣県である富山県東部の界隈に配布したもののようである。 「千国峠」は、街道のほぼ中間に位置する。糸魚川から12里、松本からだと17里8町のところに位置するようだ。魚津から北陸道に乗れば30分余りで、糸魚川。料金は1000円と思いきや、770円であった。(笑)国道148号を東進すること30分で小谷村の「道の駅」。更に10分位で、左手にJR大糸線の「千国駅」が見えてくる。 そこから148号を右に離れて間道に入るのだ。「古道」は糸魚川から松本まで148号と幾たびも交わり離れして、ときには険しい峠道を越えている。この間道も冬期間は5mもの積雪があり、11月からは遮断されるらしい。又の名を「塩の道」と呼 ばれるのは、上杉謙信が仇敵武田信玄に塩を送ったという「義塩」の故事に由来するからである。数分走ったところに「千国番所」の史料館があった。長閑な間道を登り続けると「牛方宿」という史跡があった。「牛方」と2俵ずつの塩を担いで歩く「牛」たちが一緒に寝泊まりしたところだという。この近くの、丸石を敷き詰めた急坂の 古道を歩いてみた。「親坂」と名付けられた個所には石仏群もあった。大名行列が通るわけでもない、素朴で自然豊かな生活の道は、往時の情緒を感じさせてくれるに十分であった。 面白い話を聞いた。なぜ馬ではなく牛が使われたかというと、山道はひずめの割れている牛の方が有利、また、野犬に襲われたときなど馬は逃げ出すことがあるのに牛は猛然と向かっていったからだそうである。 車を走らせると道路標識に「栂池高原」の文字が現れた。ロープウェイの起点があり、かつて、「自然園」の木道を散策したことを思い出した。やがて、間道は下り坂となっていった。振り返ると、高原の向こうにうっすら雪化粧をした八方尾根の 連山があった。148号に出る手前に鄙びたそば屋があったので寄ってみた。国道に出ると、すぐに、大糸線の「白馬大池駅」があった。帰路に着く。朝、9時少し前に家を出て、帰宅したのは夕方の5時近くであったろうか。 |
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| 富山県水墨美術館 | |
| 2009.10.24.Sat / 03:28 | |
21日(水)、『日本の美、国宝との出会い』展を観に行って来た。お昼近くだったが、駐車場はほぼ満杯状態だった。こんなのは初めて。やはり今回の展示は、人気があるのだろう。 国宝9件、重要文化財13件を含む、京都国立博物館の所蔵品を一挙公開という触れ込みが効いているようだ。TVのショー番組で、ニセ物ばかりを見させられているからというわけでもないが(笑)、本物は圧倒的な迫力があった。 雪舟、応挙、宗達それに空海、光悦の書など、いわゆる「目が洗われる思い」であった。それにしてもこの建造物、県内至高の現代建築といってもいいのではないか。晴れた日にここに来ると、すぐれて気持ちが清々するのは、わたし一人ではないと思う。 |
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| 紅葉の見頃日を算定する数式(笑) | |
| 2009.10.20.Tue / 02:59 | |
| 先週の土曜日、早朝のワイドショーで、気象予報士氏が紹介していた計算式である。 4.62×T−47.69=10/( ) 左辺の計算結果が( )内に入るわけで、それが、すなわち「見頃日」なのである。(笑)また、「T」は当該年、当該地点の9月の平均気温。これは、「気象庁のホームページ」→「過去の気象データ検索」→「都府県支庁」→「地点(赤丸)」を選び、次いでその右にある「当該年」と「9月」をクリック。更に「当該年の月ごとの値を表示」を指せば一覧表が現れるから、「気温(℃)」の欄から9月の「日平均」の数値を読み取ればよい。 信憑性を確かめたくなった。(笑)そこで、紅葉前線をリアルタイムで紹介しているサイト「全国紅葉ガイド2009」(10/19更新)にアクセスする。青森県酸ケ湯は「見ごろ」とある。早速、気象庁のホームページに行って、「T」を検索する。「12.6」だ。この数値を上の式の左辺に代入すると、結果は「10.522」つまり見頃は、10月11日前後というご託宣。当たらずとも遠からずか。(笑)ついでに、紅葉サイトの十和田を見ると「3〜5割(紅葉)」。「T」は「17.1」結果は「33.622」。この場合、10月31日を「2.622」日越えた、11月3日が見ごろということになるらしい。長々と続けるが、昨年11月鬼怒川温泉に行って来たときの画像がある。データを見ると「2008年11月10日12時51分」。そこで、「2008年、今市市の9月のT」を調べると、「20.0」。計算結果は「44.71」。つまり、昨年の日光街道は、11月14日が見ごろであったというのである。(もう過ぎていたような感じであったが)。気象庁の「地点」には、ピッタリの当該地点があるとは限らない。そいうときは最寄りを選ぶしかないわけだ。 |
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| 大地の恵み(蹉跌と喜び) | |
| 2009.10.15.Thu / 22:43 | |
秋野菜の種をまいて、もう1ヶ月以上がたった。逞しい成長ぶりを随時アップしようと心に描いていたのだが、思わぬ伏兵にあって蹉跌(さてつ)した。(笑)恥ずかしながら、ちょっと油断した隙に青虫にやられたのだ。そういえば、ずっと幾種類ものチョウが庭を舞っていたもんな。 一番酷かったのはコマツナだ。あっと言う間に葉脈を残すのみとなっていた。ついでカブラ。ホウレンソウ、ダイコンはそれほどでない。よく見ると、おびただしい数の青虫が保護色よろしく、茎にへばりついているのだ。「ちょっとした油断」とは「甘え」以外の何物でもないと悟らされた。殺虫剤を散布する手もあるわけだが、何の家庭菜園に於いておやである。双葉の頃から毎朝、一本一本葉裏を調べる気概を持たないと駄目だと いう。見つけたら、残酷だが、ブシュッと指で潰すのがいいそうだ。(笑)それにしても、ホウレンソウやダイコンの「択(すぐ)り菜」のみずみずしさは、いかなる野菜店でも手にし得ないものだと思う。 オクラとピーマンは秋風が吹き始めるようになった頃から、元気を盛り返した。前者は2m以上もある草本となった。わが家の冷蔵庫の野菜保存用の引き出しには、それらの実がいっぱい詰まっている。柚子が山吹色になって秋の夕日を受けている。 |
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| 氷見市のバラ園 | |
| 2009.10.11.Sun / 22:12 | |
![]() 先週の水曜日(7日)、氷見市の高台にあるバラ園に行って来た。造成中とは聞いていたが、営業を開始したのは今年の春らしい。4.4haもある本格的な西欧風の庭園である。シニアの入園料は700円。(笑)バラのほか四季折々に楽しめるようにと、 ![]() 各種草花、山野草、喬木などが植えられている。傾斜を利用した石積みなども面白い。晴れた日には立山連峰も望めるようだが、生憎と18号台風が接近していたので、富山湾は鉛色をしていた。でも、寒暖両性の植物がみられることで有名な無人島「虻ヶ島」が、ぽっかり浮かんで見えた。
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| “私は貝になりたい” | |
| 2009.10.08.Thu / 22:02 | |
| 昨夜、『助けてと言えない30代の孤独死』というレポート番組を見た。大筋はこうである。 身長170数cm、体重70kgの彼は、学生時代ラグビーの選手であった。バブルがはじけて、就職した企業が倒産し、彼は失職する。アルバイトを転々とするが、偉丈夫な彼は焼鳥屋でもリーダー格として働いていた。ところが田舎に残してきた母親が病気で倒れたとの報を受けとる。 帰郷して看病に当たるが、母は逝ってしまう。これにより、深い精神的な衝撃を受け、天涯孤独となった彼は、引き籠りがちになる。 自宅で冷たくなった彼が発見される。餓死であった。通電されたままの冷蔵庫は、空っぽ。財布には、僅か9円のお金が残されていたのみであった、という。30代の後半であった。事実は、少々不正確かも知れないが、ショックであった。女性のキャスターと若い作家が対談していたが、コメントは、最近、若いホームレスが増加傾向にあるということと、NPO法人が手を差し伸べようとしているということであった。 しかし、現代のわが国はこれほどまでに、若者に対して冷たいのか。有為の青年を見捨てる、見殺しにしてしまう。憤懣やる方ないものが湧いて来た。 後期高齢者と嘯(うそぶ)きながら年金で生活し、マイカーを乗り回して、あちこちに行ったという話をひけらかしている自分が、つくづく厭になって来た。ブログを閉じようかとさえ思う。今わたしは「貝になりたい」心境にある。《画像はネットより借用》 |
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| 篠ノ井線姨捨駅と開田高原 | |
| 2009.10.03.Sat / 20:03 | |
半月ほど前に、「四季水彩」の田中千尋氏から姨捨駅のスケッチの配信があった。そう遠くでもないので行ってみたくなった。グーグルマップで調べると、長野道更埴ICで降りて一般道を20kmほど走ればいいようだ。魚津から190km。しかし、よく見ると、高速道が駅をかすめている。その地点名も「姨捨SA」。そこに車を止めれば歩 いて行けそうな感じだった。ええままよ、と上越JCT(ジャンクション)から上信越道、更埴JCTから長野道に入ってICで降りるのをやめ、同SAに直行。なんと、ETC出口があるではないか。(笑)わたしのナビは古いので、その記載がなかったのである。まずは高速を降りて、姨捨駅を目的地に設定。九十九折りの細い山道を走ること5分。9時少し前に家を出て11時過ぎに目的の駅舎前に着くこと ができた。案の定、数台のマイカーが並んでいた。ホームの名所案内に海抜547mとある。スイッチバック式停車と列車給水の駅として明治33年に開通したという。善光寺平に至るゆるやかな棚田は、本来の「田毎の月」を映す名所。あたかもこの日は中秋の名月、夜には訪れる人も一段と増すのではないかと思われる。 折しも、長野発名古屋行きの特急と長野行き普通列車が段差のあるレール上ですれ違う光景を写すことができた。この近くから、九つの駅を眺望することができる夜景は、日本三大車窓の一つに数えられているとか。駅名は「棄老伝説」に由来する地区名から付けられたもの。名残惜しい気もしたが、立ち去ることにする。カミさんが2年前に乗馬を楽しんだ木曾駒の生産地開田高原にもう一度寄りたいと言い出したからである。再びETC入り口から姨捨SAに入り、長野道に乗 って岡谷JCTを経由して、中央道は伊那ICを目指すことにする。伊那市から開田高原までは40kmあまりだったろうか。途中の峠道には「権兵衛トンネル」という長い隧道があった。木曽駒の放牧場に着いたのは午後3時過ぎ。快晴、初秋の爽やかな風に鬣(たてがみ)をなびかせながら、駒たちは草を食んでいた。牧場の中の白樺林の向こうには木曽御嶽が聳えていて、まるで一幅の絵画を見るようであった。 帰路に着くことにする。国道361号に出ると、高山まで59kmの標識があった。好天の週末だというのに長野と岐阜の県境を越えるこの間道、じつに長閑であった。いたる所に「そば祭り」の幟が立っていた。運転好きのわたしにとっては、格好のワインディングロードとなったのである。高山市に入ったのは暮れなずむ午後5時過ぎ。 高山西ICから中部縦貫道に乗り、清美から東海北陸道。富山まで104kmとあった。白川・五箇山・城端とトンネルの連続。魚津ICに降り立ったのは午後6時半。ETC出口の料金表示は、もちろん1000円であった。(笑)だから、この日の高速料金は〆て3000円。オドメーターは600km超を示していた。 |
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